2022.03.24
リーダーインタビュー Vol.6
レスパイト・ケアサービス萌後藤 淳子さん
「ほっと一息」を手伝い、障がい児と家族の在宅生活のQOL向上を。
家族に寄り添う「レスパイト」支援の取り組み
「ご家族のほっと一息をお手伝いします。」を合言葉に、障がい児や医療的ケア児と、ご家族の健康と在宅生活のQOL(生活の質)向上を願い、訪問看護、障害福祉サービス、相談支援、有償ボランティアを行っている「レスパイト・ケアサービス萌(もえ)」。看護師やヘルパーを派遣して、お子さまとご家族が地域で安心して豊かに暮らせるお手伝いをしています。活動に懸ける思いや、第1回東急子ども応援プログラムの助成対象となった「萌カフェ」について、長年看護師として活動に携わる後藤淳子さんに聞きました。
はじめに「レスパイト・ケアサービス萌」について教えてください。
「ご家族のほっと一息できる時間」を少しでも長く
「レスパイト」とは、介護用語で「休息・息抜き」という意味があります。私たちは、障がい児や医療的ケア児の元に看護師やヘルパーを派遣してケアサービスを実施するとともに、ご家族が「ほっと一息できる時間」を提供することを目的に活動しています。
萌の大きな特徴は、医療保険による訪問看護と障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスを組み合わせて、ご家庭への「長時間訪問」を実現していること。「看護師」としては、最大1.5時間しか滞在できないところを、1.5時間以降は、看護師が「ヘルパー」に変身する体で、数時間滞在できるようにしています。医療的なケアを実施する訪問看護として医師からの医療指示書を基にケアを実施しますが、その実態は“おせっかいなご近所さん”のように看護・介護・保育・育児の境なく、そのご家庭にとってその時必要な時間、滞在しています。
障がい児や医療的ケア児を持つお母さまやご家族の中には、24時間お子さまのそばを離れることができない方も少なくありません。そのような生活でほんの数時間であっても、お子さまの介助を信頼できる第三者に任せて、外出したり、睡眠を取ったりする時間は貴重です。そうした「ほっと一息できる時間」を少しでも長く提供することが、お子さまやご家族が地域で安心して豊かに生活できる一助になればと願っています。
萌は、もともと障がい児を育てた経験を持つ昭和大学保健医療学部助教授(当時)の田中千鶴子さんが、在宅生活のサポートの必要性を強く感じ、1995年に立ち上げた団体です。当時は「レスパイト」という考え方が浸透しておらず、支援の仕組みはほとんど存在していませんでした。その後、公的サービスが整いレスパイトを担う社会側の仕組みが徐々にできてきましたが、まだまだ足りていないのが現状です。
私たちは、障がい児や医療的ケア児、ご家族の実際の生活を訪問し目前で知る立場として、「本当に求められるレスパイトとは何か」を常に模索し続けています。
後藤さんは、どういった経緯で「萌」に参加することになったのですか?
フィールドワーク初日に言われた“言葉”がきっかけに
私は、看護師の資格を取得した後、大学病院の小児科やNICU(新生児集中治療室)に勤務し、そこで重症心身障害児と呼ばれる子どもたちとたくさん出会いました。医療の進歩により助かる命が増えている一方、生きるための医療的ケアが必要な子どもが増加し、その退院に向けたご家族の不安を目の当たりにしました。そこで私にも何かできることはないかと考え、在宅医療支援を志すようになったのです。
当時は訪問看護や在宅生活をフォローする仕組みが日本には少なかったため、在宅医療が進んでいたイギリスに留学しました。帰国後、慶應義塾大学看護医療学部の教員を3年勤めた後、日本赤十字看護大学の大学院に進学。大学院のフィールドワーク先として、萌を訪れたことがきっかけで、活動に参加するようになりました。
就職先として萌を選んだのは、フィールドワーク初日に言われた訪問看護管理者の関水のひと言がきっかけで、今でも強く印象に残っています。訪問医療をする際の決まり事だと思っていた「今日の看護目標」を伝えようとしたところ、「目標はどうでもいいから、とにかく利用者さまの生活を見てもらっていい?」と言われたのです。
私たちが看護師だから利用者さまに受け入れてもらえるのではない。その人の生活を知り、その子に合った寄り添い方をしようとしているからこそ、受け入れてもらえるんだという感覚を萌の皆さんが強く持っている。こういう人たちの中で働きながら学びたいと感じ、すぐに参画を申し出ました。萌に参加して今年で11年目になります。
在宅での医療的ケアが必要なお子さまや障がい児、ご家族の現状について教えてください。
子どもへの愛情だけでは受け止めきれない「辛さ」や「孤独」
障がい児や医療的ケア児がいるご家庭を訪問していると、ご家族、特にお母さまに大きな負担が掛かっていることを痛感します。常に寄り添いケアし続けなければならない生活というのは、お子さまへの愛情だけでは受け止めきれない辛さや孤独を伴うものです。
特に今はSNSなどを通して、友人や知り合いの生活を垣間見る機会が多くあります。SNSで発信された他人の華やかな生活を目にすると、「なぜ私だけが……」という思いを抱き、それが子どもとの関係のひずみにつながる場合もあります。またこのコロナ禍で、ショッピングに行ったりお友達と会ってお話をしたりする機会を持つことも難しい。そうしたご家族が抱える息苦しさや辛さに、まだまだ社会の側が目を向けられていないのが現状です。
萌の活動だけでは、ご家族の負担を全て取り除くことはできません。焼け石に水かもしれないと感じることも多々あります。それでも、お子さま本人やお母さま、きょうだい児の笑顔を見られたときに「来てよかったな」「少しでも役立っているんだな」と思えて、心が温かくなります。
現在の萌の代表をしている中畝(なかうね)は、障がい児を在宅で育てた経験があります。その経験を経て私たち訪問看護師の活動を見ると、「それぞれの家庭に社会とつながる“小さな窓”が開き、風が運ばれてくるよう」と言います。
お子さまの人工呼吸器の音やアラーム音に耳をそばだて、ずっと同じ部屋の中で過ごす生活は、やはり大きな閉塞感がある。私たちが訪れることで、お子さま本人やご家族に何かしら外からの刺激やエネルギーを与えられるのであれば、萌の活動を続ける意味は少なくないと思っています。
第1回東急子ども応援プログラムの助成対象となった「萌カフェ」の活動についてお聞かせください。
子どもにとって何より大切な「遊び」を楽しめるように
私たちは利用者さまのご自宅を訪問し、医療的ケアを提供していますが、子どもにとって何よりも大切な「遊び」の機会をなかなか提供できていません。また、ケアの必要なお子さまに割く時間が多く、きょうだい児に我慢させてしまうことで、自責の念を感じている親御さんも多くいます。そうした状況を打破しようと提案したのが、医療スタッフや保育スタッフ、介護スタッフが常駐し、子どもたちが思い切り遊べる拠点を設けたイベント「萌カフェ」です。
普段の萌の活動は、利用者さまのニーズに合わせているとはいえ、やはり決められた時間にご自宅に伺う形になっています。それに対し「カフェ」は、開いている時間であればご自身の自由な意思で好きな時間に来ていただき、滞在したいだけ居られる開かれた場。訪れた家族同士の交流の場になったり、子どもたちと出会い、かわいさに引かれ、新たな支援者が増えるきっかけになるかもしれません。何より、皆さんで楽しめるイベントが、日々生きることで精一杯のお子さまやご家族の元気の源になるかもしれない。実際に常設のカフェを開くわけではありませんが、そんなことを願い、今回「萌カフェ」を企画しました。
残念ながらコロナ禍のため、実施内容が予定したものと異なってしまいました。しかし、制限のある中でも、オンラインイベントを通して、子どもとご家族が生き生きと遊ぶ姿を見られたことや、保護者同士の交流の場を提供できたことは大きな成果でした。
リアルな場を設けることができた萌カフェでは、拠点として小規模多機能施設を利用できたこともすごく良かったと思います。今後、利用者さまがそうした地域の施設を利用し、日々の負担を少しでも減らせるきっかけになるかもしれません。今回できたつながりを大事に育てていきたいですね。
もう一点、「こんなことを実現したい」という私たちの“妄想”を、オンラインイベントという形に落とし込めたことも、成果の一つだと考えています。日頃の活動は法律や制度が関係し、できることが限られています。でもそんなことに縛られず、私たちが本当にやりたいことは何なのか。普段から“妄想”という形で楽しくアイデアを出し合っているのですが、「萌カフェ」の企画もその中から始まりました。今回、スタッフ皆が協力して、忙しい中でもわくわくしながら“妄想”を形にできたことは、萌の活動の可能性を広げるという点でも、大きな意味があったと思います。
今後の展望について教えてください。
現場のニーズを「翻訳」し、表に出していきたい
昨年(2021年)医療的ケア児支援法が施行されました。国や地方公共団体が、医療的ケア児と家族に対する支援施策を行う責務を負うというもので、障がい児や医療的ケア児の在宅生活を支えていく上で、とても大きな転換点となります。しかし法律の内容が現状に沿ったものかと言われると、少し疑問を抱いてしまいます。その一方で、現場のニーズを伝えきれなかった私たちの責任も大きいと感じています。
例えば、世の中を見ていると、障がい児や医療的ケア児の支援団体のほとんどが、ご家族が立ち上げたものです。これではいけない。ご家族が大変な思いをしていることを見ている看護や介護の現場にいる私たちからも、社会を変えていくために積極的に声を上げる必要があります。施行された法律と並走していきながら、今後現場で感じたことは関係者に伝わる言葉に翻訳し、どんどん表に出していくべきだと考えています。
また現場のニーズから生まれたアイデアは、先ほどお伝えした“妄想”という形で、実験的に活動の中で試していきたい。試行錯誤を繰り返し、最終的には、行政サービスに落とし込むような形で昇華できたらと“妄想”しています。
最後に、記事を読まれた方にお伝えしたいことはありますか?
子どもたちとご家族の現状を地域の方々に知ってほしい
私たちは、コロナ禍が落ち着いた後、医療的ケアの必要な子どもたちと地域の人たちが触れ合う場や、ご家族と近所の方がつながれる機会をつくっていこうと考えています。多くの人に現状を知っていただくとともに、子どもたちのかわいさに触れてほしいのです。愛情をたっぷり受けて育った子どもたちの表情は、たとえ表情筋の反応が薄くてもよく伝わってきて、こちらがほほ笑ましくなるような、愛らしい反応を見せてくれます。このことは、実際に会って手を触れるだけで、どなたでも実感できると確信しています。
そういった場に足を運んでいただき、「誰もがその人らしく、地域で暮らしていける社会に」と思ってくれる方が1人でも増えたらうれしいです。
NPO法人 レスパイト・ケアサービス萌後藤 淳子(ごとう・じゅんこ)さん
看護師の資格取得後、大学病院の小児科とNICU(新生児集中治療室)に勤務。その中で在宅医療支援の必要性を感じ、在宅医療が進んでいたイギリスへ留学。帰国後、2003年、主に障がい児を対象としたベビーシッターサービス「HAND」を立ち上げる。
その後、慶應義塾大学看護医療学部の教員に着任。将来の夢に向かって頑張る学生たちとの出会いに感化され、自らも日本赤十字看護大学の大学院に進学。在学中のフィールドワーク先として「萌」に出会い、2011年活動に参加。現在に至る。