2021.12.23
リーダーインタビュー Vol.4
子どもセンターてんぽ影山 秀人さん
「人に大事にされる経験」で、「自分を大切にする心」を育みたい。
居場所がない子どもに緊急避難場所を提供し、新しい生活への道筋をサポート
神奈川県で、「子どもシェルター」や「自立援助ホーム」を運営している「子どもセンターてんぽ」。団体の立ち上げから携わっている理事長の影山秀人さんに、子どもたちが巻き込まれている問題とそれに対する活動内容、そして第1回東急子ども応援プログラムで助成した「利用者の充実した体験を支援する事業」について聞きました。
はじめに「子どもセンターてんぽ」について教えてください。
居場所がない子どもに「緊急避難場所」を提供
子どもセンターてんぽでは、「子どもシェルターてんぽ」「自立援助ホームみずきの家」「居場所のない子どもの電話相談」という3つの事業を運営しています。
「子どもシェルターてんぽ」は、児童虐待など何らかの事情で、安心して暮らせる場所がなくなってしまった10代後半の子どもたちが、一時的な行き場所として身を寄せる緊急避難先です。このシェルターを出た子どもたちも含めて、自立した生活を確立できるよう居場所を提供し、中長期的なスパンで支援する場所が「自立援助ホームみずきの家」。そして、これら施設の入り口ともなる居場所のない子どもたちの相談窓口として運営しているのが、「居場所のない子どもの電話相談」です。
シェルターや自立援助ホームに入所する子どもたちは、ほとんどが児童虐待を経験しています。子どもの年齢がもっと低い場合は、命の危機に直結しますから児童相談所が動くことが多いです。しかし虐待的な環境の中でどうにか生きてきた10代後半の子どもたちの場合は、今すぐには命の危険があるとまでは言えない、ということで、児童相談所の保護や関係機関の支援が遅れがちです。そういった子どもは家にいるのが辛く、夜の街へ出歩いてしまうことも多い。そこで場合によっては非行に走ったり、大人から性的搾取されるなど二次的な被害に遭うこともあります。
私たちは、このような行き場がない子どもたちに居場所を提供し、関係機関と協力しながら、入所した子どもたちの今後の生活を一緒に考える活動を続けています。
どういった経緯でこの活動を始められたのでしょう?
東京都に子どもシェルターができたことが設立の契機に
私の本業は弁護士です。弁護士として、少年事件を扱ったり非行に走ったりする子どもと出会う中で、原因は子どもたちの個人的な責任ばかりではないな、と思うことが非常に多くありました。いくら子どもたちが更生する気になっても、親が変わらず同じ環境のままでは難しい。
すごく心苦しいけれど、家に帰すぐらいなら、少年院の教官の方がよほど熱心にこの子のことを考えてくれる、と感じる事件がたくさんありました。
ただ少年院に行くことが就職などいろいろな場面に影響することも事実なので、このような状況を回避できるどこか他の居場所を提供できないかと弁護士仲間と悩んでいました。
そんな時に東京都で、「カリヨン」という子どもシェルターができました。東京弁護士会では毎年、子どもの問題を取り上げた演劇をしているのですが、その中で架空の子どもシェルターが登場する『こちら、カリヨン子どもセンター』という芝居を上演したところ、「この子どもシェルターはどこにあるのですか。紹介したい子どもがたくさんいるんです」という電話が殺到したそうです。これがきっかけとなり、2004年6月に「カリヨン子どもの家」が開所されたのです。
カリヨンができた当初は、神奈川県で弁護士をしている私たちも、子どもたちをカリヨンにお願いしてその自立を支援していました。ただ片道1時間半から2時間かけて通っていたので、「神奈川にも子どもシェルターがほしいね」と、弁護士仲間や児童福祉関係者と勉強会を立ち上げ、1年ほどの準備期間を経て、2007年4月に「子どもシェルターてんぽ」を開所しました。
10代後半の子どもを対象にしているのはなぜですか?
“法律の隙間”を埋める支援活動
もともとは法律でカバーできない隙間があることが大きかったですね。児童相談所が子どもを保護したいと思っても、法律上18歳の誕生日を迎えたら、一時保護所に入ることはできません。つまり、18~19歳の子どもにはシェルター的な場所が当時なかったわけです。
女の子の場合は、DV被害の女性のためのシェルターに受け入れてもらえることもありましたが、環境的にも年齢が上の方がいる場所で、若い子にとっては必ずしも妥当ではない。男の子は本当に行き場所がなくて、あるとすれば高齢者の多い生活保護関連の施設となってしまい、適した環境ではなかった。これらは居場所を提供するだけで、今後の生活を考えるための人的支援はありませんでした。
一方、17歳以下の子どもであれば児童相談所の一時保護所に入ることは可能ですが、先ほどお伝えしたように児童相談所は、命の危険のある小さい子を優先します。さらに近年の児童虐待の相談増加に伴い、一時保護所はどこも満杯状態で、高校生ぐらいの子どもが学校に行きながら生活するなど、年齢にふさわしい生活をさせてあげられない。このため児童相談所は、16~17歳ぐらいの子どもの保護をためらう傾向にあるのです。
私たちはそうした法律の隙間があることに気付き、10代後半の子どもを対象にしたシェルターが必要だと考えるようになったのです。
入所の際には、子どもの意思を確認すると聞きました。
「入りたい」という本人の意思が重要
10代後半の子どもは未成年で、親権者がいます。民法上、親権者には子どもをどこに住まわせるかを決める居所指定権があります。ですから、シェルターで「あなたのお子さんを保護する」と言っても、親権者からすると「親権侵害じゃないか」と意見がぶつかってしまうことになるのです。
そこで必ず、シェルターでは弁護士が子どもについて、親とのそういったぶつかり合いの矢面に立つようにしています。
子どもとはいえ、10代後半になれば、子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)に基づき、どこでどんな生活をするのかを自分の意思で決める自己決定権が認められます。この権利に基づき、我々弁護士が子どもの代理人として動く。そのための大前提として、入所する子どもたちには、必ず最初に自分の意思で書類にサインしてもらうようにしています。
14年間活動を続けてきた中で、状況の変化を感じることはありますか?
退所後も子どもたちと連絡を取るよう方針転換
子どもシェルターができた当初は、あくまで臨時の、一時的な居場所と定義していました。「てんぽ」という名前にも、もともと「一時的な」を意味する「テンポラリー(temporary)」や、子どもたちそれぞれのスピードや「テンポ(tempo)」を大事にしようという意味を込めていました。
ですから、退所した子どもが他の場所に移った後は、そこでの人間関係の形成を邪魔しないよう、こちらから追いかけるようなことはしない方針を採っていたのです。でも、てんぽやみずきの家を巣立った子が、近況報告で退所後に産んだ赤ちゃんを見せに来てくれたり、「ここでの数カ月が、私の宝物だ」と遊びに来てくれたりするケースも増え、巣立った後もつながりを持ち続けるのは大事だと考えるようになりました。
私自身、子どもを見守るボランティアスタッフの一人としてシフトに入ったり、イベントなどにも参加しているので、子どもたちのそのような姿を見るとうれしくなります。
今は退所した子どもが必要としてくれるのであれば、しっかりと受け止める方針にしています。厚生労働省をはじめ児童福祉の関係機関も退所後のフォローに力を入れるようになりました。みずきの家は、子どもたちの“実家代わり”になれるよう努めています。
今後は子どもたちにもっと幅広い支援メニューを用意したいと考えています。現在、多数の入所相談を受けていますが、私たちの活動にフィットする子しか受け入れることができず、お断りするケースも少なくありません。
我々がてんぽをつくった時には、子どもシェルター自体がない状態でした。つまり何もないところからメニューをつくって14年以上が経ちましたが、子どもの自己決定権を尊重していくためにも、さらに多様な支援メニューを用意できればと思います。
東急子ども応援プログラムの助成対象となった「利用者の充実した体験を支援する事業」について教えてください。
「人として大事にされる経験」が子どもの心を動かす
今回の事業は、気分転換や自己肯定感の向上につながったり、退所後の生活がより豊かになるような体験を支援するものです。具体的には、子どもシェルターと自立援助ホームのそれぞれで、キャンプや遊園地に行くなどさまざまな楽しい企画を立てました。コロナ禍で、その多くが花火大会やイルミネーション鑑賞、食事会などに変更となりましたが、それでも普段なかなかできないことを体験させていただきました。こうした体験は、些細なことに見えるかもしれませんが、入所している子どもたちにとっては、実はとても大事なことです。
虐待を受けて育った子どもたちの多くは、親にネグレクト(育児放棄)されています。温かい食事を作ってもらう経験もなく、毎日数百円を渡されて、近くのコンビニで買って食べていたり、あるいは歯医者に連れて行ってもらえず、歯がボロボロになっている子もいます。またメガネで視力矯正をしてもらえない子や、中には精神を病んでしまったりする子もいるなど、心身共にダメージを受けているケースが多い。
私たちが家庭で当たり前に経験し、与えてもらった愛情を享受できずに育っているのです。入所したときに、目の前で食事が作られ、テーブルを囲んでみんなで会話しながら食事をすることが、とても新鮮に感じる子もたくさんいます。
ですから私たちは、日々の支援の中で、普通の家庭や社会の中で経験することをできるだけたくさん体験してもらおうと考えています。時にわがままも聞きながら、しっかりと寄り添ってあげたいと思っています。
入所してくる子どもたちの多くは、そんな風に大人から大事にされた経験がありません。だからせめて入所中は、ひとりの人として大事にされる経験をたっぷりさせてあげたい。そして、「自分なんてどうでもいい存在だ」「死んでも誰も悲しまない」と感じていた子どもたちが、「もしかしたら自分を大事に思ってくれる人もいるのかな」「もっと自分を大切にしてもいいのかな」と考えるきっかけだけでも提供できればと思っています。
「あのとき大切にしてもらえた」という記憶が、社会の中で生きていく上で大事な糧になると私たちは信じています。そういう意味でも、今回の「体験」支援は、子どもと支援者の信頼関係が深まり、子ども同士のコミュニケーションも図れるなど、日々の活動にも寄り添う、とても価値ある事業だったと感じています。
子どもたちがシェルターに来なくてもよい社会にするために、私たちができるのはどんなことでしょう。
なぜ子どもシェルターが必要なのか、少しだけ想像してほしい
今、日本全国には子どもシェルターが約20カ所ほどあり、ここ1~2年でも新たにいくつか開所しました。しかし、子どもシェルターのことを知らない方がまだまだ多い。ですから、まずはそのような場所があるということを知っていただきたい。そして、なぜそのようなものが必要かということを、少し想像してもらえたらありがたいですね。
子どもたちの生きづらさや苦しさは、コロナ禍の間に児童生徒の自死が増えていることからもうかがえます。自分が生きていていいのか自信が持てない。自分が大切な存在だと心の底では信じたいけれど、今置かれた環境や状況がそれをさせてくれない。そんな子どもたちがものすごく増えていると思います。
そういった意味では、私たちの限られた活動は、子どもたちに対してのほんの一滴の支援にしかならないわけです。でも日本中の大人たちが子どもの置かれた状況を考え、子どもたち一人一人に対して、「あなたの存在はすごく大事」「生まれて来てくれてありがとう」という気持ちで接していただけると、何かが変わってくるのではないかと思っています。
認定NPO法人 子どもセンターてんぽ 理事長影山 秀人(かげやま・ひでひと)さん
弁護士。影山法律事務所(神奈川県藤沢市)を運営する。日本弁護士連合会「子どもの権利委員会」に所属し、子どもの権利問題を扱う活動を数多く手掛ける。子どもセンターてんぽの立ち上げから携わり、現在理事長を務めている。『子ども法律カウンセリング』(共著、有斐閣)、『子どもの権利擁護』(共著、中央法規)、『居場所を失った子どもを守る 子どものシェルターの挑戦』(共著、明石書店)など著書多数。