2021.06.18
リーダーインタビュー Vol.2
せたがやチャイルドライン田野 浩美さん
声を聴き、気持ちに寄り添うことで、子ども自身の解決力を引き出す。
コロナ禍で開設した、新たなツール「オンラインチャット」
子どもの「声」を聴き、その声の奥にある気持ちを受け止める―― 。今、全国で行われている子どものための専用電話「チャイルドライン」は、約20年前に東京・世田谷で世田谷ボランティア協会の新しい事業として始まりました。「せたがやチャイルドライン」運営委員長で、全国のチャイルドラインをネットワークする組織であるNPO法人チャイルドライン支援センターの常務理事も務める田野浩美さんは、チャイルドラインが日本で初めて設立された時から活動を続けてきました。活動への思い、そして現代のコミュニケーションツールの変化に合わせ、新たに導入した「オンラインチャット」について、狙いと実施状況を聞きました。
※ 文中の子どもの声は、秘密を守るため再構成したものです。
はじめに「チャイルドライン」について教えてください。
「声」を聴き、気持ちに寄り添う、子どものための専用電話
チャイルドラインは、18歳までの子どものための専用電話です。子どもが親にも先生にも言えないような気持ちや悩みを話せる場を、子どもの「居場所」として提供しています。
子どもたちの声を聴くと同時に、その声を社会に届ける活動もしています。子どもたちの声から見える社会課題や子どもの状況を、講演会や勉強会を通じて社会に発信していくことで、子どもたちが不利益を被らない、生きやすい環境をつくっていきたいと考えています。
現在チャイルドラインは全国各地に68団体あり、約2000人のボランティアが、子どもの電話を受ける「受け手」として活動しています。「受け手」はプロのカウンセラーとは異なり、子どもたちに明確な解決策を示すことはありません。子どもと同じ位置に立ち、子どもの気持ちに寄り添いながら、一緒に考えていくのが、チャイルドラインの姿勢です。
子どもは自分の話を本気で聴いてもらえたと感じれば、自分自身で課題と向き合い、乗り越える力を持っています。私たちはその力を信じ、その力をできるだけ大きく発揮できるよう、下から支えるような気持ちで、子どもたちの声に耳を傾けています。
「せたがやチャイルドライン」では、どういった方が「受け手」をされているのでしょう?
仕事帰りの方や、子育て世代の参加が増加
私が所属する「せたがやチャイルドライン」の「受け手」の皆さんは、私どもが主催する「受け手養成講座」という研修を経て活動されています。以前は、主婦の方が多かったのですが、最近は働き方改革の影響もあり、仕事が早く終わった日や休日に「受け手」をされる方も増えていますね。
参加者で特に目立つのが30代、40代の若い子育て世代です。子どもの虐待事件などの報道で心を痛め、「自分も何かできないか」と情報を集める中で、私たちの活動にたどり着かれる方もいらっしゃいます。コロナ禍で大変な状況にもかかわらず、こうして参加してくださる受け手の皆さんのやさしさには、本当に感謝しかありません。
田野さんご自身は、どのようなきっかけで参加するようになったのですか?
「子どものいじめ」と向き合ったことが活動参加のきっかけに
私が子どもの活動に関わるようになったのは、約27年前。当時社会問題になり始めていた「子どものいじめ」に取り組んだのがきっかけです。私には娘が2人いるのですが、上の子が小学校低学年の頃にクラス内でもめ事があり、その解決の助けになればと、みんなで仲良く遊ぶ企画をお母さんたちと協力して始めたんですね。そこからPTAに入り、その後、当時、世田谷の子どもに関わる個人や団体が集まって始まった「世田谷こどもいのちのネットワーク」に参加しました。
この団体は、いじめを止めるための活動を積極的にしていたのですが、そのうち「大人だけで考えるのではなく、子どもの声を聴かなければならない」と考えるようになりました。ちょうどその頃、団体メンバーがイギリスに「チャイルドライン」という活動があることを聞きつけ、代表メンバーによる現地視察を経た後、ここ世田谷で、全国に先駆けて今につながるチャイルドラインの活動が始まったのです。
チャイルドラインの活動が世田谷ボランティア協会事業として常設となり、広くボランティアを募集するとなったタイミングで、私も手を挙げました。もちろん子どもたちのために何かしたい気持ちもありましたし、一方で子どもの声に触れてみたい、という気持ちもありました。子どもたちの言葉はとても純粋で、「お友達と仲良くしたいのに、仲良くできなくて悲しい」など、聴いているとこちらも優しい気持ちになります。そうした思いもあり、ぜひお手伝いしたいと考えたのです。
余談ですが、活動を始めて数年経った頃、娘から「お母さん、変わったよね。話をよく聞いてくれるようになった。ちょっと遅いけどね(笑)」と言われたのをよく覚えています。子どもたちの悩みの多くは人間関係に関することです。この活動に参加する私たち自身も自分を重ねて、過去への反省や今後につながる発見を楽しみながら成長しています。
子どもたちの話には時に辛いものもありますが、電話で話をしているうちに、泣いている子が元気になり、最後はちょっと笑って「電話して良かった。また電話していい?」と言ってくれることもある。笑うまでいかなくても、「ちょっとすっきりした」と言ってくれる子も少なくありません。そういう話を聞くと、この活動を続けていて良かったと心から思えます。
今回新たにオンラインチャットを開設されましたが、どういう経緯で開設に至ったのでしょう。
電話を使わない子どもの「声」を受け取るための新ツール
近年、固定電話を持たない家庭の増加から、電話を使わない子どもや、電話に苦手意識を持つ子どもが増えています。そうした子どもの声を受け止める新たなツールとしてオンラインチャットを開設しました。
「せたがやチャイルドライン」がオンラインチャットの導入を目指したのは2019年からです。導入には機材や研修が必要ですが、費用を捻出できず困っていたところ、「東急子ども応援プログラム」が助成対象団体を募集していることを知り、急いで応募しました。担当者が、通勤時に乗った東急線の車内で偶然ポスターを見つけ、「これに応募してみましょう!社会福祉法人でも応募できるし、機材の購入費も助成対象です」と目をキラキラさせて話を持ってきたんですよ。募集のタイミングがタイムリーでとても助かりました。
実際にオンラインチャットを始めて感じるのは、文字でのやり取りは、電話とは違う対応が求められるということです。例えば電話であれば「うんうん」とうなずくだけで済むことも、文字の場合は「うんうん」では意味をなしません。子どもたちから来た文章には、受け手側がきちんと文章を作り、返してあげる必要があります。また受け手側には、子どもの気持ちに寄り添いながら、少しずつ先回りしてやり取りする技術が求められるように感じます。 我々も経験や研修を重ねていきますが、最近はLINEやチャットに普段から慣れ親しんでいる若い受け手さんも増えているので、そういった若い世代の活躍に期待しています。
コロナ禍で一斉休校や外出自粛がありました。子どもたちからの電話やチャットの内容にどのような変化がありましたか?
コロナ禍、「声」から伝わる子どもたちの苦しみ
まず2020年3月に休校になったときには、子どもたちは混乱し、不安を感じていたようで、「このまま死んじゃうかもしれない」「お父さんお母さんが病気になったらどうしよう」と泣きながら電話をかけてくる子が多かったです。
それも徐々に落ち着き、6月から学校が再開されましたが、気がつけば卒業式も入学式もしていない。そんな状態で、いきなり知らない人が担任の先生になっていて、クラスメイトも知らない子ばかりで、たくさんの子が戸惑っていました。通常6月といえば、新しい友達もできクラス内が落ち着く頃ですが、空白期間の後にいきなり学校が始まってしまった。あの時期が今も尾を引いていると思います。
夏休みが明け、10月ごろになると、今度は「死にたい」と話す鬱状態の子が増えました。時間差登校などで友達と会ってしゃべることができず、ストレスを内に込めてしまう子が多く見られました。その後の厚生労働省の統計でも、11月12月に中高生の、特に女子の自死が増えたことが伝えられています。
子どもたちがストレスを抱えたまま、外にも出られず、今も苦しんでいることを考えると本当に心が痛みます。こうした中で私たちに何ができるのか考えたときに、子どもは、家にお父さんお母さんがいると電話をかけにくいですから、やはり新しく開設したオンラインチャットが有効になると思います。今後はできるだけオンラインチャットを開設できる日数を増やしたいと考えています。
これからの活動に向けた、田野さんの考えや思いを聞かせてください。
子どもを見守る大人が多い社会は、子どもが生きやすい社会
まずは、できるだけ多くの方に、子どもたちに関心を持ってもらいたいです。そして、子どもたちが思っていることに興味を持って、子どもたちの声を聴いてほしいなと思います。中には、「子どもの気持ちなんて分からない」と言う方もいます。でも、誰もがかつては子どもだった経験があります。お父さんお母さんとの思い出や、友達と遊んで楽しかったこと、悲しかったこと、子どもの頃の記憶を思い出せば、誰もが子どもの気持ちを理解できるはずです。
子どもにとっても、自分たちの気持ちを理解してくれる大人が周りに増えることはありがたいことなんですよね。例えば、子どもが「なんかイライラする」「むかつく」という言葉で表す中には、「悲しかった」「悔しかった」「辛かった」気持ちがたくさん入っています。それを大人が感じ取り言葉にしてあげれば、子どもは落ち着きます。また自分の気持ちが理解できると、今度は落ち着いて自分のことを考える時間が持てます。ですから、子どもの声を聴き、その気持ちを理解できる大人が社会に増えることは、子どもにとって、とても重要なことなのです。
電話は受けられないけれど、「受け手」の研修だけでも受けてみたいという方も私たちは歓迎します。何か活動を手伝いたいという方も、一緒に子どもを見守る仲間として参加していただきたいなと思います。
子どもたちを見守る大人が増え、子どもたちが生きやすい社会になる。そして、最終的にはチャイルドラインが不要な世の中になることが、私たちが目指す未来です。
社会福祉法人 世田谷ボランティア協会 せたがやチャイルドライン 運営委員長田野 浩美(たの・ひろみ)さん
千葉県千葉市出身。東京都世田谷区で二人の娘を育てる中、PTA活動から地域の母親グループを立ち上げる。その後、児童館で子どもたちとおやつを作って食べる「おやつ研究会」活動を開始。活動費用はフリーマーケットに出店するなどして賄い、参加費無料を実現した。子ども食堂が広がる以前のことで、「おやつ研究会」には多くの子どもたちが参加した。このほか、10代の子どもたちと出掛ける「広島原爆ドームを見に行こう!」企画、高校生が集まって話し合う「たまには話そうよ(略して「たまはな」)」の実施など、幅広い年齢層の子どもと接する活動に関わってきた。
1998年の開設時から「せたがやチャイルドライン」に携わり、2014年に運営委員、2018年より運営委員長を務める。2016年からは全国のチャイルドラインをネットワークする組織の「認定NPO法人チャイルドライン支援センター」の理事となり、2020年常務理事に就任。日本中の子どもたちが「話せる場所」で自分の気持ちを出すことができるように活動している。