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東急子ども応援プログラム

リーダーインタビュー

2023.08.24

リーダーインタビュー Vol.12

Picture This Japan大藪 順子さん

言葉にできなくても、心にある思いは表現できることを伝えたい。
写真は自身と向き合い他者の理解を広める強力なツール

日本で暮らす外国人の増加に伴い、公立学校における日本語指導が必要な児童生徒はこの10年間で約1.8倍(※1)になったといいます。その中には、言葉や文化の壁により、自分の思いを表現できないことで困難に直面する子どもたちも少なくありません。そんな外国につながる子どもたちに、写真をツールとした表現活動の場を提供するPicture This Japan。代表であり、フォトジャーナリストとしても活動する大藪順子さんに、活動への思いやこれからの展望について伺いました。

※1:出典 文部科学省「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」

はじめに「Picture This Japan」について教えてください。

マイノリティーと呼ばれる人たちの世界を可視化し、社会の理解につなげるために

2016年に横浜の写真クラブの方々と、「横浜インターナショナルユースフォトプロジェクト」という10代の若者たちを対象とした写真ワークショップを始めたのですが、この活動を継続させるための団体として、2018年に立ち上げたのがPicture This Japanです。目標としているのは、外国につながる子どもたちだけでなく、社会でマイノリティーと呼ばれる人たちや、生きづらさを抱えている人たち、弱者と呼ばれる人たちが“写す側”に立つことによって、その人たちの世界を見える化すること。そんな世界を多くの人に見てもらうことで、社会の理解につなげられたらと思っています。

「言葉だけではない、さまざまな表現の仕方があることを、写真を通して経験してほしい」と語る大藪さん

この活動を始めたのは、2015年に川崎市の河川敷で中学1年生の男子生徒が殺害された事件がきっかけとなっています。同じ頃、横浜の野毛山でも中学生がひどい暴行を受ける事件があり、どちらも加害者の中に外国につながる若者たちがいて、そこに彼らが抱える怒りを感じたのです。怒りを表現すること自体は悪いことだとは思いませんが、暴力じゃなくても表現はできるよ、ということを知ってもらいたいと。
私自身、大学からアメリカへわたり、二十数年外国人として日本の外で暮らしていたので、理解してもらえなかったり、人に会うたびに「あなたはどこから来たの?」「あなたなにじん?」と聞かれたりすることに疲れた経験があります。特定の人種や国の人に対するステレオタイプやマイクロアグレッション(※2)をいつも感じている人たちは、心の中に怒りやもどかしさのようなものを抱えていてもおかしくないと思うんです。

外国につながる子どもたちは、多くの場合、そのような気持ちを表現する場所も受け止めてくれる人も持たないことが多いです。小学生の間はまだ学習支援員がいて、国際教室もあって、ある程度の理解やサポートを受けられても、中学生以上になると、そういったところはほぼなくなります。高校も外国人生徒が多い学校には国際教室がありますが、本当に限られたところだけ。ほとんどの子はそういった環境で生活しているわけではないので、抱えている気持ちを表現したり相談したくてもその術を持たない子がほとんどだと思います。

私たちがしているのは、どんな気持ちでも表現できる場所づくり。1回のプロジェクトで受け入れられるのはせいぜい15人くらいの小さな活動ですが、どこかでやらなければ、彼らの抱えている思いは延々と見過ごされてしまうのではないか、と思っています。

※2:マイクロアグレッションとは…微細な攻撃という意味。自分と異なる人に対する無意識の偏見や無理解、差別心などが含まれているとされる

「横浜インターナショナルユースフォトプロジェクト」とは、具体的にどのような活動なのですか?

外国にルーツを持つ子どもたちに、言葉だけでない、表現の方法を

外国につながる子どもたちが彼らの視点で撮影した写真を、写真展で発表しています。2022年は中高生13人を対象に、合計8回のワークショップを行いました。子どもたちは小さなデジカメを使い、毎回与えられた課題に応じて写真を撮ってきます。写真はカメラの機能に頼ったイメージ操作をせず、ストレートに、高画質で撮ってくるよう伝えています。

ワークショップでは、自分が撮ってきた写真について各自説明をしますが、みんな自分の世界に浸っているので、いまいち盛り上がりに欠けるクラブ活動のような雰囲気です(笑)。でも、自分の世界を持っていることはとても素晴らしいことですし、その世界にきちんと浸れる時間や場所って実はあまりないので、そこは守ってあげようと思っています。
「この子が一人でいるから仲良くしてあげて」といったことも一切言いませんし、お膳立てはしないスタンスです。

日本の学校では、自分の思いや考えを語る訓練がされないようなので、自分の言葉を持たない生徒も多いですが、外国にルーツのある生徒たちは結構はっきりと自分の思いを語れます。特に難しいことを言ってるわけではないのに、日本人生徒や公立学校で育ってきた生徒たちは、堂々と語る同世代に圧倒されるようです。もちろん、そんなことお構いなくワークショップではひたすら子どもたちの言葉に耳を傾けます。ダメ出しするとか、良い写真、悪い写真という評価も一切しません。

私たちがフォーカスしているのは、その人にしか見えないものを撮るということ。横浜のきれいな夜景などを撮ってくる子もいるのですが、そういうときは「これは、ここに行けば誰でも撮れるんだよね。あなたにしか撮れないものは何だろうね」と伝えます。キッチンでお父さんがネギを切っている風景とか、日常のすごくありふれた瞬間でも、それはやっぱりその子にしか入れない領域ですし、その子でなければ見えない、外の人には普段見せてもらえない世界なので、そこにこそ価値があると思うのです。

写真展でこだわっていることは2つあって、1つはとにかく腕のいい印刷屋さんに展示パネルを制作してもらうこと。自分の作品がプロの手で大きく印刷されるだけでも特別な経験ですし、同時にあなたの視点には価値があるということを知ってくれたらと思っています。もう1つはすごく大っぴらなところで発表すること。その分、お金はかかってしまいますが、いろいろな人、しかも多くの人に、何の先入観もなくふらっと入って観てもらえる場所を選ぶことで、こういう子たちがいて、こういう風に世界を見ているということを広く知ってもらい、接点を持ってもらえたらと思っています。
横浜・象の鼻テラスで開催した写真展では、撮影した子どもたちの誇らしげな姿が見られた
横浜インターナショナルユースフォトプロジェクトの作品をまとめた作品集「横浜(koko)」(2021年発行)

写真をツールに選んだ理由を聞かせてください。

写真には、そこで起こっている出来事を他者に伝える力がある

私は大学でフォトジャーナリズムという領域を学びました。写真は文字が読めない人にも何が起こっているかを伝えられるツールです。文章でよりよく伝えるためには記事の主人公の言葉が力を持つように、写真においても被写体にされがちな人たちが写す側に立つことによってしか見えてこないものがあって、それは実際の人の姿や視点を提示して、ステレオタイプや先入観を覆すほどの力があります。

ワークショップを通して感じるのは、やはり一貫して“その人”が写真の中に現れているということ。一般的には変哲のない写真かもしれないけれど、そこにはしっかり彼の、彼女の視点というものが写っています。それはとても価値のあることです。

例えば中学生の写真は、高校生のように言いたいことがはっきりしているわけではないけれど、逆に、そのモヤモヤした気持ちが写真に写っていて、すごく面白いですよ。泳いでいる鯉の上にフェンスの影のようなリフレクションが横たわっていて、まるでおりに入れられた魚のように見えるもの(①)。またある子は、写真の中央の奥、半分画角から外れてしまっている一輪にフォーカスが合っている花の写真(②)と、ドラゴンのような形の雲と太陽が写った力強い写真(③)を一緒に提出してきたのですが、前者に普段のその子の様子がよく現れるとともに、後者からは内に秘めた力強さを連想させられました。

高校生は、言いたいことがはっきりしているので、それはそれで面白いです。例えば、夏休みに自国へ帰っていた子が撮ってきた写真は、「自由」というタイトルの、部屋の内側から窓を撮った作品。自国の街で日常の写真を撮ろうとしたら、注意をされたり声を掛けられたりして自由に撮影ができず、窮屈な思いをしたと。日本に戻り自分の暗い部屋の中にある窓の中に空が写ったこの写真(④)で、自分はいつでもこの窓の外に出て行く自由があるのだということを表現したかったと言います。
また「影と一匹狼」という写真(⑤)には、人の影と一羽の鳩が写っていました。鳩なのになぜ狼なのと聞いたら、自分はいつも一匹狼としてやってきたと言うんです。日本国籍と外国籍の両親を持ち、日本で生まれ育っている彼女は、日本社会の中でなんとなく疎外感を感じてきたんですね。鳩はいつも群れているイメージだけど、この鳩は一羽だけですごく堂々としていて、それが自分と重なったという話をしてくれました。

作品の一部を観ることができる巡回写真展も行っている(スケジュール等はホームページ参照)

写真展に展示する作品は、写真のタイトルと撮影者の名前、つながりのある国名だけは必ずつけますが、説明するキャプションはつけません。写真は、言葉が伝わらなくても、そこに写し出された物事を見ることで受け取ってもらえるユニバーサルランゲージ。文章とはまた違う幅の広さを持っています。意図を伝えるためには言葉による補足が必要なケースもありますが、タイトルと撮影者の名前しか明かさずに、観る側に想像してもらう余白をあえて残すことで、観る人に考えてもらう、体験してもらうことも大切なのではないかと思っています。

オンラインギャラリーにもたくさんの作品を掲載中です。

今後の展望を聞かせてください。

支援団体が横につながることで、必要とする人に、適切な支援をつなげられるのが理想

団体としては、少しずつ卒業生が帰ってきて手伝ってくれたりしているので、いずれは彼らが中心となってプロジェクトを運営できるようにしていけたらいいなと。そのためには、手続きや資金などの運営の仕方を伝えるだけでなく、裏で関わってくれるたくさんの人たちとつなげていくことも必要だと感じています。

こういった活動は、1つの団体が全国規模で展開するものではないと私は思っています。とは言っても、いろいろな場所でやってほしい。なぜなら相談窓口があっても、自分の思いを言語化できない人たちがそこにつながるのは、とてもハードルが高いから。ですから言葉を使わなくても表現できる、いろいろな支援のやり方があったらいいなと思うんです。写真は確実にそのひとつになれますし、それが例えば、音楽や演劇、絵を描くとか、スポーツとか、何でも良いのですが、いろいろな引き出しがあったらいいですよね。

メンタル的な支援が必要な人たちに、医療機関で処方される薬ではなく、誰かとつなげることでその人自身が回復できるやり方として、最近、社会的処方という言葉がありますが、私たちの活動も「文化的処方」としてそこに位置することだと思っています。

支援を考える時、「みんな一緒にやりましょう」では入れない人が絶対出てきます。属性ごとに必要な支援、理解は違いますし、それを一括りにしてしまうと、かえって支援が必要な人を傷つけることになりかねません。写真をツールに思いをビジュアル化して自分と向き合い、他者と共有することで理解を促すという、私たちのプロジェクトもいろいろな人に使ってもらえるように方法論を確立させたいと思っています。

社会が多様化している中、支援の形も多様化する必要があります。それぞれのフィールドや分野が違う支援者同士が横でつながっていくことはこれからもっと大切になってくると思います。こういうことをしている人がいるよ、と互いに紹介し合えれば、その人に合った支援につながりやすくなるはず。

これからはそういった横のつながりをつくることにも注力していきたいですね。

Picture This Japan 代表大藪 順子(おおやぶ・のぶこ)さん

米国・コロンビア大学卒業後、アメリカの新聞社でフォトジャーナリストとして勤務。写真プロジェクト「STAND:性暴力サバイバー達」がアメリカでドキュメンタリー化され、全米各地で展示会と講演会を展開、2006年から日本でも同様の活動を行う。2002年ワシントンDCよりビジョナリーアワード、その後もさまざまな賞を受賞。2018年に団体Picture This Japanを設立、代表を務める。著書に「STAND 立ち上がる選択」(フォレストブックス)など。

Picture This Japan

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